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株式会社○○○システム DQN回顧録3

株式会社○○○システム DQN回顧録3

 その日は休んだ。二日出勤しただけで俺はズタボロだった。

 部長が電話先で「何ぃ??疲れ??休み??」と言ってた。口調が荒い。怖かった。
 
 死にたくなった。リストカットの後が疼いた。何も無い世界に憧れた。この先ウン十年ずっと苦しめられて生きていく事になるのかと思うと生きるのが辛くなった。ただ、俺には好きなものがあった。漫画だ。漫研時代の友人や先輩達の漫魂が俺を現世に繫ぎ止めた。下手糞ではあるが、俺の創作同人を気に入ってくれて感想のメールをくれた人もいた。二人だけ。まだ、俺は死んだらいけない。でも・・・死にたかった。この時は本当に死のうと思った。

 最後に遺書としてセンスのいいポエムを書いてネット界の伝説になろう。そんな下卑た事を一瞬考えた。 

 でも、鬱で何も出来なかった。涙も出ずに吐息だけは荒く鼓動が俺の胸を叩いていた。心臓の音さえ雑音に聞こえる。

 親父が部屋に入ってきた。三日目にしてバイトを休んで心配してきたのだろう。「どの程度の実力なのか見たかっただけだ。」「出来ないならフォークリフトの免許でも取りなさい」色々言われた。ただ・・・親父の意見を聞ける精神状態じゃなかった。悲しむ事も怒る事も慌てる事もこの日は出来なかった。

 自分以外全ての人が幸福なのではないかと思った。およそ自己中心的な考えだ。みんな苦しんでる。ブルブルと震える手でブログを書いた。心配していつもコメントを書いてくれる人がいた。(相互リンクしている55氏です) 涙が出てきた。悔しいとか悲しいではなくて、どうしたらいいのか分からないパニックの涙だった。人間はどうしようもない時笑うか泣くかなんだな。

 俺は新卒で就職に失敗してから泣くようになった。親の前でも平気で泣く。それぐらい精神が不安定だった。安逸を貪りたかった。目の前の絶望に毎日どうしようもなかった。

 この時は練炭自殺が流行っていた。死の決断をできる人間が羨ましかった。

 そして、彼らを「負け組み」と笑う人間が許せなかった。

 自ら死んでいった人間達は俺だ。

 そう思っていた。

 枯れたと思った涙がまた溢れてきた。ボロボロと涙を流し枕を濡らした。
 俺の呻き声はまるで屠殺される羊の鳴き声のようだった。
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アザ党'S

Author:アザ党'S
タイトルに騙されて時事関連のBLOGかと思った奴、残念だったな。ここは、大学卒業後、職にあぶれてニート、ヒキコモリ、アルバイター、派遣社員、リストカッター(プギャー)とあらかたダメなものを経験したあとIT土

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