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自殺(´-ω-`)自演

 何故他人を殺してはいけないのか?否、人を殺してはいけないという事自体が間違っているのである。人を殺していけなくは無い。ただ、人を殺してはいけないと「教えられている」からである。
 日本でも合法的な殺人というものは死刑という形であるではないか。

 自殺はどうであろう。息苦しいから死をチョイスというのも、生きる事は希望に満ちているという戯言も思い上がり甚だしく虫唾が走るが、遺書に嫌いなやつや恨みのある人間の名前を書いておけば、かなりの復讐になるのではないか。
 最近のイジメ自殺連鎖でいじめられっ子達はそれに気付いたのだな。我々も、ただ電源ボタンを切るのではなく、華麗に最後っ屁を放ってみないか?
 遺書以外にもネット掲示板で恨みのあるやつの住所から会社名から何から何まで書いたりしてな。


 追い詰められるとそんな事ばかり考えてしまう。

 ぬっちゃけた話、実は俺は自殺未遂をした事がある。数年前に激鬱状態になり、便所までたどり着けなくて小便を漏らしながら倒れている姿を悲鳴を上げながら発見されメンヘル病院で数日寝た後の事である。鬱というものは非常に苦痛である。息をすることすら苦痛なのである。「あちしぃ うつ なのぉ リスカしちゃったぁ」とか言ってられる内が華である。そんな余裕は無いのである。その激鬱を体験している時は心の半分は「辛い」で後の半分は「死にたい」であろうか。しかし、息をする事すら辛いので死ぬのも辛い。ではなぜ自殺するか?と。それは、激鬱が少し収まりかなりの鬱になった状態、つまり少し元気が出た状態である。その貴重な貴重な元気を人間は死ぬことに費やしてしまうのである。
 私は、手首を切った事がある。どうにも辛くて簡単に死ぬ方法は無いかと模索していた時に、趣味で描いている漫画のトーンを貼るために使うデザインナイフで手首を切ったのだ。その時の心境は「やっべ、早く死ななきゃ!」である。非常に暗い状態であったが動機はフラットである。デザインナイフで切るをいうより押し当てる感じであろうか。大抵のリストカッター達は手首に対して横にスパリとやるようだが、私は縦にやった。理由は忘れてしまった。切ると血が出まくって痛いだけであった。痛すぎて涙が出てきた。ただ痛いだけで死ぬ気配すらない。正直、自殺方法の選択を誤ったな。全国のリストカッター達は死ぬためやってねぇだろ!と涙ながらに思ったな。その時の傷跡はまだ残っているが、せっかくだから十字に切っておけばかっこいい傷跡になったものを惜しい事をしてしまった。

 手首を切った後も、死にたい衝動が収まらず、首吊りも試みるが、今度は怖くなって断念。また死なずにただ苦しいだけで終わるのではないかという邪念が邪魔をしたのだな。

 自殺というものは、ただ手首を切る、や首を吊る、だけではなかなか遂行できないものである。我々のような臆病な凡夫達は、二重三重の工夫が必要である。例えば、ビルの屋上で首にロープを括り付け、睡眠薬を大量に飲んでバンジー!とか、リストカットをした後、切り口に青酸カレーを直接流し込む、とか、目張りをした車で練炭を焚き、海にダイブ!とか。
 まぁ、自殺志願者諸君は私のような惨めな結果にならぬように考えを改めるか、医者に薬もらうか、↑のような方法で逝ってみるかした方がよいだろう。健闘を祈る。
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アザ党'S

Author:アザ党'S
タイトルに騙されて時事関連のBLOGかと思った奴、残念だったな。ここは、大学卒業後、職にあぶれてニート、ヒキコモリ、アルバイター、派遣社員、リストカッター(プギャー)とあらかたダメなものを経験したあとIT土

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